生物的防除の導入・開発の最前線
(株)トーメン生物産業部アグロテックグループ
和田 哲夫


1. 天敵昆虫の実効性

 日本ではヨーロッパと違い、ハウスの軒高も低く、また開放性であるので天敵昆虫はあまり効果がでないのではないかという声をきくことがある。また気温も高くハウス内の温度が上がりすぎたり、冬場は加温していないハウスや夜温が低く、これも天敵昆虫や微生物製剤が働かないのではという消極的な意見もあるようである。もちろん北ヨーロッパのほうが好条件であることもあるが、日本が好条件である要素もあるのである。
 一つの例としてバーティシリウム菌という昆虫寄生菌がある。この菌には系統(ストレイン)が2種類あってアブラムシ用とコナジラミ用は異なった製品になって>いる。北ヨーロッパではアブラムシ用の方は効果が悪く製品そのものを中止しようかというほどであったのが、日本では効果が高く日本植物防疫協会で実施された試験で実用性ありと判定されている。これは日本の施設内の湿度がヨーロッパにくらべおしなべて高いためである。一体湿度が高いことは病害の点では不利であるが、チリカブリダニやククメリスカブリダニは湿度が高いほうが活動が活発になることが知られている。つまり日本のハウス内の環境は必ずしも生物的防除に不向きとはいえないのである。


グラフ1
バータレック水和剤のキュウリのワタアブラムシ試験

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 次に近年の重要害虫であるスリップス(ミナミキイロアザミウマ)に対する効果試験結果を示す。卓効を示していたクロロニコチル系の殺虫剤に比べてもそん色ないという驚くべき効果である。海外ではこのように化学農薬とならべた試験は少なくデータとして貴重なものといえる。


グラフ2
ナスでのナミヒメハナカメムシのミナミキイロアザミウマに対する効果試験
(1995、長崎農試)

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 ナミヒメハナカメムシ(Orius sauteri)が57日間長期にわたってスリップスの密度を抑えているのに対し、Imidacloprid(商品名アドマイヤー水和剤)は短期間の抑制を示すにすぎない。


グラフ3
シソの葉(オオバ)でのカンザワハダニにたいするチリカブリダニの試験

 最後にシソの葉(オオバ)でのカンザワハダニにたいするチリカブリダニの試験である。即効性があるとともにこの試験では放飼後61日後までハダニの増殖を阻止している。実際に大分県のオオバではすでに実用的に使用されている。

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2. 微生物農薬と化学農薬物質から生体へ

 化学農薬を開発する企業にとってもっとも決断しやすい対象は生物農薬のなかでも微生物農薬であるといわれている。これは微生物による抗生物質生産や化学物質生産においてすでに戦後大きな実績があるためと考えられる。すでに醗酵工業というのは巨大産業でとくに医薬品分野では大きな部分をしめるものである。
 しかし近年の微生物農薬はややこの醗酵工業とはややことなるものである。これまでの醗酵工業はメタボライト、すなわち醗酵生産物を利用するのにたいし微生物農薬(の主流)は微生物の菌体そのものを利用するところが大きな違いである。つまり醗酵工業は物質を対象とするのに対し、微生物農薬は生体を利用するのである。これは科学技術上での逆行のようにみえるかもしれない。
 ただ生体を利用するほうが困難であることは誰しもが認識していることであり、その困難さを克服していくという意味でこの微生物農薬の開発はきわめてチャレンジングなものである。たとえば昆虫疫病菌という種類は多種の属が知られているがそのどれもまだ大量生産に成功していないのである。昆虫疫病菌は非常に即効的でかつ壊滅的な打撃をある種の昆虫種だけにあたえるという選択性のある化学薬剤の特性をもっている。またバーティシリウム菌は湿度が高いと非常に高い発芽率で昆虫表面のクチクラ上で発芽し徹底的な防除効果を示すことが知られている。
 このためにバーティシリウム菌の作用するマイクロクライメイトだけを高湿度にする技術を開発すれば高い防除効果が得られると予想される。実際ヨーロッパではベジタブルオイルを加用することでこの問題点を解決しつつある。環境保全と生態系保全のために微生物農薬が合成農薬に比べて、より優位性をもつことが示されれば微生物農薬の開発に拍車がかかると考えられる。
 現在農薬工業ではより安全な薬剤の開発が進められている。スイスのノバルティス社などは20年前であれば開発を断念していたであろうスペクトルの狭い剤や環境中ではより安全であるが、効果面で若干劣るような剤を上市しはじめている。これは環境、生態系に対するマスコミと世論、そして技術者レベルからの要請が大きく影響しているのであろう。
 微生物農薬も現在のヒトゲノムやイネゲノムの解析にかけるほどの費用と情熱を注入すれば多くの画期的な製品が開発されると予想される。21世紀をむかえようとしている現在、自然界に存在する微生物で農業用に開発されて広範囲に使用されているものはわずか数種類にすぎないのである。


微生物除草剤

商品名

対象作物

対象雑草

処理方法

キャンペリコ
Xanthomonas campestris

スズメノカタビラ

10アール当り200ml
芝刈り後散布


微生物殺菌剤

販売量の多いものはボトキラー水和剤である。

商品名

対象作物

対象病害

希釈倍率

ボトキラー
Bacillus subtilis

トマト、ナス、イチゴ

灰色カビ病、ウドンコ病

1000倍

バイオキーパー
Erwinia carotovora

キャベツ、白菜、タマネギ、バレイショ

軟腐病

1―2000倍

バクテローズ
Agrobacterium radiobactor

バラ、きく

根頭がんしゅ病

20―50倍
20倍

トリコデルマ
Trhicoderma lignorum

タバコ

白絹病
腰折病

10アールあたり
500g

パストリア
Pasteuria penetrans

 

トマト、キュウリ、カボチャ、メロン、かんしょ

ネコブセンチュウ

10アールあたり
1―5kg


微生物殺虫剤

商品名

対象作物

対象病害

使用量

バイオリサ・カミキリ
Beauveria brongniartii

カンキツ、かえで、桑、いちじく

キボシカミキリ、ゴマダラカミキリ

1樹当り1本

ネマヒトン
Monacrosporium phymatophagum

タバコ

サツマイモネコブセンチュウ

慣行肥土3に対し本剤1を混合


1. 今後の開発動向

 天敵昆虫類は以前新規登録が進んでいる。同種類の天敵の重複登録だけでなく新天敵の開発も盛んである。対象は合成農薬で防除が困難なスリップス、ハダニなどが多い。微生物除草剤の開発は停滞している。これはスぺクトラムが狭すぎることが主な原因と考えられる。
 ただし今後の新JAS法の施行などを考慮にいれるといわゆる有機栽培稲作農家でのマーケットは拡大していくはずである。このためにはコスト的に化学除草剤と同等の価格設定が必要となろう。また年に1回の使用ということで製剤の有効期間は最低でも2年以上が必要であろう。微生物殺菌剤と殺虫剤は天敵昆虫よりは少ないものの開発は続行されている。合成農薬とのローテイション、難防除病害虫用、有機栽培農家むけがとりあえずの対象となろうが、今後の開発方向は野外の作物での開発・登録である。


微生物除草剤

ほとんどが日本での開発である。アメリカは導入菌を利用する事例もある。

菌名

雑草名

雑草名学名

Drechslera monoceras

ノビエ

Echinochloa crus-galli

Epicoccosorus nematosporus

クログワイ

Eleocharis kuroguwai

Ascochyta sp.

カヤツリグサ

Cyperus sp.

Cylindrocarpon sagittariae

オモダカ

Sagittaria triforia

Ascochyta sp.

イヌホタルイ

Scirpus juncoides


微生物殺菌剤

農薬登録をとらずに販売されているものも多いが日本のみならず海外でも登録されていないものは販売量は少ない。またヨーロッパでは無登録微生物農薬の販売はかなり厳しく規制されている。

菌名

病害名

開発会社

Talaromyces flavus

炭疸病

出光興産

Pseudomonas fluorescens

青枯病、苗立枯病

多木化学

Ampaelomyces quisqualis

ウドンコ病

Ecogen

Candida oleophila

ポストハーベスト病害

Ecogen

Burkholderia cepacia

Rhizoctonia, pythium, fusarium,

CTT Corp.

Gliocladium catenulatum

同上

Thermo Trilogy

Trichoderm harzianum

同上およびPGPR

Bioworks

Coniothyrium minitans

菌核病

Prophyta

Phlebia gigantea

Heterobasidium annosum

Kemira

Streptomyces griseoviridis

土壌病害

Kemira

Fusarium oxysporum

非病原性ストレインによる同種の防除

Caffaro


微生物殺虫剤

昆虫疫病菌は即効性のため効果は高いといわれているが製造が困難なため技術開発のターゲットとなりうる。

菌名

害虫

備考

Beauveria bassiana

コナガ、コナジラミ、スリップス、アブラムシ

糸状菌(カビ)

Enthomophthora planchoniana

アブラムシ

昆虫疫病菌

Pandora neoaphidis

アブラムシ

同上

Neozytes fresenii

アブラムシ

同上

Zoophthora radicans

アブラムシ

同上

Conidiobolus obscurus

アブラムシ

同上

NPV, GV, CPV

鱗翅目、双翅目、膜翅目

ウイルス

Nomuraea rileyi

鱗翅目

糸状菌

Verticillium lecanii

アブラムシ、コナジラミ

同上

Paecilomyces fumosoroseus

同上

同上

Metharhizium anisopliae

甲虫類

同上

Hirsutella thompsonii

ハダニ、サビダニ

同上


3. コストパーフォーマンスと海外の現状

 生物農薬が化学農薬に比べ優位性をもつとはさまざまな場面から言われている一方それほど良いものであればもっと大々的に利用されていてもいいのではないかとの指摘がある。病害虫・雑草防除技術で求められる要素はおおよそ次のようになろう。

  1. 効果
  2. コスト
  3. 安全性

 効果面においてはオランダの農水省の発行する病害虫防除ハンドブックにも生物農薬は化学農薬と同等と効果がある。(十分な指導があれば)とある。安全性については生物農薬のほうが優れていることは若干の例外もなく衆目の一致するところであるが、コストについては必ずしもそうではない。コスト面でのデメリットの多くは以下の理由によるものである。

  1. スペクトルが狭い。
  2. 保存安定性に欠ける。
  3. 生産が困難。

 このうちスペクトルが狭いことは利点でもあるので、環境・生態系を重視する時代では甘受していくべき課題であろう。保存安定性については、今後まだまだ技術革新が可能であろう。その一つとして考えられうることは、冷蔵、冷凍技術である。冷蔵による休眠性を誘起して保存期間を延ばすことはヒメコバチなどですでに実用化されている。
 ただしこの場合数ヶ月までしか保存しきれない。一方冷凍による保存はオランダでもたとえば精子の保存テクニックなどを応用しようとして一時検討されていたが現在は中断したままである。微生物製剤は昆虫製剤に比べればかなり容易である。この場合むしろ流通段階でのコールドチェーンを確立することで対処していくことがより容易である。現在はリンゴもキャベツも保冷倉庫で農業地帯に存在しており、その一部を借用するかあるいはアイスクリーム用の冷凍庫などの転用でも十分可能である。実際、軟腐病用の微生物殺菌剤バイオキーパーは各県の農薬代理店にメーカーとディストリビューターが冷蔵庫を配布して現場での利用を促進させている。

以上


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