巡礼5 住宅地に浮かぶ緑の島
品種:新高(梨)
所在地:千葉県市川市
栽培農家:伊藤吉一さん
農家さんのコメント:
木に愛着があっても経済優先。植え替えはせがれの代を考えてのことです。
東京駅で海沿いを走る電車に乗った。ディズニーランドの火山やお城を車窓にかすめ、30分ほどで商店や住宅が立ち並ぶ市川大野駅に降り立つ。駅前のにぎわいからは想像しにくいが、この周辺は江戸時代から現在に至るまで梨の一大産地なのだ。宅地化が急速に進みつつあるが作付面積は横ばいで推移し、後継者も育っているとJA市川市で聞いた。
梨作りでは4代目という市川市大町の伊藤吉一さん(62)のお宅は、「梨直売」の看板が並ぶ街道沿いにある。案内されて庭先から奥に入ると、若緑の梨園が広がっていた。目当ての古樹は樹齢45年ほどの新高。大きなものでは1kg超の大玉をつける品種だ。伊藤さんが中学校を卒業し梨作りを見習い始めた頃、父親と一緒に植えた樹だという。毎秋500個を収穫した全盛期はとうに過ぎたものの、今でも400は実をつけるばりばりの現役だ。
「つい10年ほど前まで『大町の新高(にいたか)』といえば、関東の有名ブランドだったんだよ」。伊藤さんは誇らしげに、そしてやや懐かしげに振り返る。
しかし、「木に愛着があっても経済優先」と、伊藤さんは新高を豊水、幸水などに植え替えた。それからそろそろ10年。若木はたわわに実をつける一人前の木になりつつあるところだ。
果樹は気の長い作目だ。10年先、20年先を見すえ、次世代のことを考えて植え、育てる。現在、長男の直之さん(32)が後継者としてがんばっている。「植え替えはせがれの代を考えてのこと」と話しながら、伊藤さんは梨の木陰で遊ぶ孫の姿に目を細める。
首都近郊の住宅地に緑の島のように残る果樹園は、加速する時代の流れの中で、変わるものと変わらないものが同居する世界だ。ゴツゴツした木肌をさらし大きく枝を伸ばす新高の古樹たちは、若い果樹園の中でいぶし銀の輝きを放ち威風堂々として見えた。
写真/小松稔 文/大浦佳代
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